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【ミスター・ノーバディ】人生の可能性は無限大。何を選び、どう生きるかは全て自分次第【映画レビュー】

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何を食べ、どこに行き、何を言うか、誰と過ごすか。

人生は選択の連続で、何を選ぶも自由。何も選ばないも自由。未来は無限に枝分かれしている。

難解であるからこそ、様々な楽しみ方ができる素晴らしい作品に出会いました。

 

「ミスター・ノーバディ」とは

あらすじ

2092年、世の中は化学の力で細胞が永久再生される不死の世界となっていた。永久再生化をほどこしていない唯一の死ぬことのできる人間であるニモは、118歳の誕生日を目前にしていた。メディカル・ステーションのニモの姿は生中継されていて、全世界が人間の死にゆく様子に注目していた。そんなとき、1人の新聞記者がやってきてニモに質問をする。「人間が"不死”となる前の世界は?」ニモは、少しずつ過去をさかのぼっていく…。

引用:Amazonより

 

上記のようなあらすじですが、「回想シーンが多いのかな」と思って実際に映画を観始めると衝撃を受けます。それは主人公ニモの人生がパラレルワールド(並行世界)となっていて、同時進行で語られていくから。

ある時を境にニモの未来が無数に枝分かれし、そのすべてが現実に起こったかのように語られる。そのどれもが「もしあの時ああしてたら」という「もしも」の話であって、同時に「あの時の選択によってこういうことが起こった」という「事実」の話でもある。

 

初見では混乱するかもしれません。ぼーっと観れる映画ではありませんから。

でも、すべてが「もしも」であると同時に「事実」であるという「パラレルワールド」だということを理解できた時、この映画は何十倍にも面白くなります。

そして面白いのは最後まで観終わったあと。

ある意味で、観終わってからこの映画がスタートすると言ってもいいでしょう。

 

映画の解釈も無数にある

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この映画のすごいところは、その解釈も無数にあるということです。劇中のニモの人生と同じように。

いくつか考察してみたいと思います。がっつりネタバレしていきますよ!

 

ニモはまだ生まれてもいないのでは?

これは映画を観終わった直後に自分が思ったことです。

映画の冒頭で、子供たちが生まれる前に自分で両親を選ぶというシーンがあります。

 

生まれる前の子供たちは未来を見通す力を持っていて、誰の子供になるか自分で選ぶことが出来る。

通常は生まれる前に未来を見通す力が無くなるのですが、ニモだけはその力を持ったまま生まれてくる。という設定があります。

ニモの人生が並行世界として描かれているのもこの設定があるから。

で、物語の最後、宇宙の拡大が止まり収縮していく際に時間が巻き戻っていくんですが、この時に一瞬だけ生まれる前のニモが映し出されます。

 

そこで自分が思ったことが、「実はまだニモは生まれてなくて、あらゆるパターンの人生を最後まで見たから“じゃあ生まれてこようか”となったのではないか」ということ。

だから生まれる前のニモが映し出されたんじゃないかってこと。

 

劇中でニモ本人が「選択をしなければすべての可能性は残る」と語っています。

その言葉も、「実はまだ生まれてすらいないのでは」という解釈に繋がっています。

 

でもまあ、他の人の考察見たり映画を観直してみたら、これはちょっと違うかなって気になりましたが(笑)

でもこういう解釈も出来るのではないかということで。

 

死ぬ間際の言葉がすべて

118歳のニモが死ぬ間際かつて愛した人の名前をつぶやきます。「アンナ…」と。

劇中では離れ離れになり、奇跡的な再会を果たしたあと、結局結ばれたのかどうかが唯一語られていないアンナとの人生。

これこそが、ニモが真に求めた人生なのではないかという解釈。

死の間際に思い描いた人こそが、最愛の人であるということですね。

 

並行世界のニモはそれぞれ、「エリース」「ジーン」という別々の女性と結ばれることとなります。しかしどちらも結婚生活が上手くいかなかった。

 

アンナと結ばれたかどうかは語られませんが、エリースやジーンとは違う、「確かな愛」がそこにあった。アンナとの恋愛が最も情熱的に描かれていますしね。

 

ニモが両親を選んだのは、両親が「僕と彼女の出会いは運命だった」と言ったことにあります。そしてその出会いは「落ち葉」が演出しています。

そして映画の最後で、人生の重要な分岐点に立った9歳のニモが、今まで劇中になかった行動をとる。アンナとの運命的な再会を演出するために落ち葉を吹いて飛ばすという行動を。

 

ニモの最愛の人はアンナであり、「愛こそが人生のすべて」というメッセージが見てとれます。

 

時間の概念が壊れてすべてがないまぜになっている

科学者(?)になったニモが語ります。

「時間は宇宙が膨張して生じるものだ。では宇宙が膨張をやめたら?動きが逆行したら?時間はどうなる?」

もし時間の概念が崩れて、時間が止まったりあるいは逆行すれば、それを判別することができなくなる。

 

未来を予測できるはずのニモですが、時々選択を間違える。

間違った選択の果てに、「なぜあの時ああ言ったのか」と悔やむニモが描かれます。

その後過去の分岐点に戻り違う選択をする。

 

いくら未来が予測できると言っても、この描写にはちょっと違和感があります。

分岐点にいるニモが「こっちを選択すると失敗するから、あっちを選ぼう」と考えているのとは違う。明らかに過去にタイムスリップしているような。

 

映画の最後には宇宙の膨張が止まり、収縮していく。そして時間が逆行していく様子も描かれます。

劇中では随所に巻き戻し再生のような動きをしたり、並行世界の記憶と混同する描写もある。

 

一方通行であるはずの時間の概念が崩れ去ったから、並行世界はすべて現実となってないまぜになっているし、過去も未来もなくなっているのでは?と考えることもできます。

そうすると、上に書いたような違和感がなくなるかなと。

 

すべて9歳のニモの想像

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未来が予測できる能力を持ったまま生まれたニモ。

そんなニモが父親と母親、どちらに付いていくのか究極の選択を迫られ、あらゆる未来の可能性を想像する。

その想像した内容こそが映画のすべてかもしれません。

 

終盤で118歳のニモが語ります。

「私らは想像の産物でしかない、9歳の少年のな。9歳の子が想像の世界で生み出したんだ。究極の選択を迫られて。」

そして未来を視る9歳のニモ…。

「チェスでは“ツークツワンク”という。唯一の可能な動きは、動かぬことだ。」

もっと言うと、どう動いても状況が悪化するということですね。

 

そうすると、身動きの取れなくなった9歳のニモが森へ走っていき落ち葉を吹いて飛ばす描写は、「バタフライエフェクト」という賭けにでたのではないかなと考えることもできますね。

 

様々な解釈ができる作品

この「ミスター・ノーバディ」、何度も観ることでより楽しさが増します。

1回観ただけでは理解しきれない、といった方が正しいかもしれませんが(笑)

上に4つほど考察を書いてみましたが、Googleで検索すると、いろんな方の考察を読むことができます。

そうした考察を読んでもう1度映画を観直すと、また新たな発見があるかもしれません。

 

「愛」に着目するのか、SF要素に着目するのかでも、それぞれ違った楽しみ方ができる作品でしょうね。

 

気に入ったシーンを紹介

最後に、この映画で気に入ったシーン紹介して終わります。

 

愛を伝える

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僕は信じてるんだ。愛する人には“愛してる”と言うべきだって。

これは本当にそう思うんですよね。好きな人、愛する人にはきちんと言葉で伝えた方がいいって。

大事なのは「伝えられる時に伝える」こと。何も言わずにいて、もし伝える機会が無くなってしまったら、きっと後悔するから。

 

他のどんな選択で迷っても、これだけは迷わずに伝えたいですね。

 

ではでは。

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