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関西地方でフォトグラファーとして活動を始めたなかかずのブログ

元引きこもりのブロガー・ライター・カメラマン、なかかずの半生

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こんにちは、関西地方でフォトグラファーとして活動している、なかかず( @kaz_volley )です。

こちらのページでは詳しい自己紹介をしていきます!

 

なかかずの簡単な経歴

1986年、神奈川県茅ヶ崎市出身。

10歳まで神奈川→佐賀で30歳まで過ごす→2016年12月、京都に移住

 

『中学~高校~高校卒業後の23歳』の期間、不登校・引きこもりを繰り返してました。

引きこもり期間は通算で5年ほど。

 

引きこもって社会から離れたからか、常識を疑うようになりました。

学校や会社の決まりがあったとして、「なんでそんなことすんの?」って疑問ばっかり抱くようになりましたよ。

「決まりだから」と言って何も考えずに従うだけの人が理解できなかったですw

 

引きこもり脱出後は

  • コンビニ
  • 家具屋
  • 食品工場

などで働いていてました。

正社員になれそうな職場もあったけど、「フルタイムで働くとストレスが溜まりすぎて自分には無理!」と、29歳になってようやく自分のことがわかったので、フルタイムで働いたりせずに生きていくと決心。

 

現在は京都に移住してフォトグラファーとして活動しています。

あとよくイベントを企画・開催します(笑)

 

「こんなイベントあったらいいな」だって?なら自分で開催しちゃえ! - かずねっと

 

今でこそ会う人会う人に、「超好青年!」とか「話しやすい!」とか言われますけど、一時期は引きこもりやら鬱やらで、どん底まで落ちてましたよ(笑)

昔と今じゃ別人レベルです(笑)

 

なかかずの半生

ここからは現在までの半生と、過去の不登校・引きこもり時代について詳しく語っていきます。

読んでもらったらわかるんですが、相当深い闇を抱えてました。

「今のなかかず」しか知らない人は、結構ビックリするかもしれません(笑)

 

今現在引きこもってる人とか、苦しい思いをしてる人にも読んでもらいたいです。

「そんな経験してても、明るく前向きに生きていけるんだ」って参考にして欲しい。

 

活発だった幼少期

自分は神奈川で生まれ、10歳で佐賀に引っ越すまでは茅ヶ崎で暮らしていました。

「湘南」の海で有名なとこですね。

その頃は毎日のように友達と遊んでました。

物心付いた頃からテレビゲームは好きだったけど、「ゲームは15時までにして、そのあと外であそぼー!」って感じで、積極的に外に出て遊ぶ、活発な子供でしたw

 

クラスメートほぼ全員と仲良かったし、バレンタインにはクラスの女子ほぼ全員からチョコを貰うぐらいには人気でしたよw

いわゆる「スクールカースト」の上位にいましたねw

 

ただし家庭にはすでに闇もあった

外では活発に明るく振る舞っていましたが、家の中ではこの時点ですでに闇がありましたね。

というのも、父が酒に酔って物壊したり、壁に穴開けたり、家族3人でご飯食べてる時に、母に流血するようなケガを負わせたりしてたので。

 

あとから思い返してみれば、本当に小さい頃から、心を傷付けられるようなことがよく起こってた家庭環境でした。

 

佐賀に引っ越して不登校、引きこもり、ニートになった:中学編

10歳の時に、佐賀県の中でもかなりの田舎に引っ越したんですが、そこはクラスメートが20人もいないようなところでした。初めて来た時、「何ここ、何もないじゃん…」って思ったのを覚えてます(笑)

初めは都会から来たってことでちやほやされてましたが、結局上手く馴染むことができず、だんだん孤立していくように…。

 

いじめとまではいかないけど、嫌がらせは結構受けました。無我夢中でやり返したこともあったけど、何も変わらず。声変わりが早かった&人よりかなり低い声だったので、それを馬鹿にされたり笑われたりもしました。おかげで話す(声を出す)のが嫌いになりましたよ。

 

神奈川に住んでた時は毎日のように友達とゲームして、外に遊びに行って…と、とにかく活発な子供でしたが、佐賀に引っ越してから1人で過ごすことが多くなりました。上に書いたように家庭環境も歪だったので、両親ともだんだん話さなくなり、家でも基本1人。

 

子供の人数が少ない田舎だったから小学校・中学校とクラスメートに変化がなく、それでだんだんと嫌になり学校を休みがちに。そうして不登校になりました。

 

中2の秋頃から中3の5月までは完全に引きこもり。

「卒業アルバムの集合写真を撮るから、どうしても来てほしい」と言われて一瞬だけ学校に行ったのをきっかけにまた通い出す。

その後は、ちょいちょい嫌な思いをしつつも卒業しました。

 

ちなみに、中学の不登校時代はストレスで抜け毛がすごかったです(笑)

 

家の中では父が大暴れ

中学時代には、酒に酔った父がとうとう大暴れしました。

タンスやらクローゼットをなぎ倒す。

小さい物は母に向かって投げつける。ガラスの瓶さえも投げつける。

部屋は窓ガラスも割れぐっちゃぐちゃ。

泣きじゃくる母。

言葉も出ず、ただただ呆然と立ち尽くすしかない俺。

 

…こうやって文字に起こすと、相当ヤバい家庭ですね…(笑)

 

おかげさまで、人の顔色を伺う人間になりました。「怒る人・怒鳴る人」が恐怖の対象になってしまったので、当たり障りのないよう人と接するようになったわけです。

 

佐賀に引っ越して不登校、引きこもり、ニートになった:高校編

高校行きたいとは微塵も思ってなかったけど、「高校は出た方がいい」と言われるがまま、とりあえず進学。でも特にやりたいこともないままだったからか、1年の2学期から全く行かなくなりました。

中学時代の不登校から抜け出しあとも、学校で嫌なことあったり、たまに学校休んだりしてたので、完全には不登校から抜け出してなかったんですね。

 

それと髪型とかに厳しい学校だったので、それが嫌だったのも不登校になった原因のひとつです(笑)

勉強できたら外見ぐらいどうでもいいでしょ、って内心ずっと思ってたから。成績は結構よかったんですよ(笑)

 

そうして今度は、2年近く引きこもってました。ちなみにその間は休学扱い。

 1日中ゲームして、他になにかやりたいことがあるわけでもなく、心を塞いだまま過ごしてました。

 

「何かしなきゃな」って思いはあったけど、周りにはなんもないド田舎の山奥。

バスに乗らないと町に出れないけど、お金もない。

そういう「お金がないと移動もままならない」というネックも抱えてたんで、余計に引きこもりがちになってました。

 

この時はもう、このままずっと引きこもってるかもなって感じでしたが、あることがきっかけで再び引きこもりから脱出しました。

 

引きこもりだしてから1年半ぐらい経ったあるとき、家のすぐ近くでアルバイトの募集をやっていたので、勇気を出して行ってみたんです。

そしたらそこで、「ここ(バイトの面接)に来る勇気があるなら、学校にも行けるよ」って言われて、何か吹っ切れました。

そしてその翌年度(同い年が高3のとき)にまた1年生として高校に通い出しました。

 

【何気ない一言で人生は変わる】2年間の不登校から再び学校に通いだした話 - かずねっと

 

1年、2年の間は、進級にはギリギリ足りる出席日数になるように、休みまくりながら通学。

ちなみに勉強は得意だったので、成績は問題なしでした(笑)

3年生になってからは、「学校楽しいかも」とか思い始めてたんで、ほとんど休まず通いましたね。

 

卒業する頃には「大学も行きたいなー」って思ってたんですが、受験するお金もなく、親に「大学は諦めて」って言われて、またちょっと闇に入ります(笑)

働くとか、バイトしながら大学行くとか、そこまでの気持ちはなかったんで、そのまま卒業。

そして引きこもり。

 

高校時代では比較的落ち着いていた父

中学編の中で書いた大暴れした話。

あれ以降、少し反省したのか、父は比較的落ち着いてました。

でもまあ、キレられたりすることはあったんですけどね。

 

佐賀に引っ越して不登校、引きこもり、ニートになった:魔の20代前半編

高校卒業時点で20歳になってました。

ここから人生で最もどん底まで落ちることになります。(メンタル的に)

 

ぶっちゃけますが、「自傷行為」をしてしまうレベルで病んでました。

ガチで。

 

実は以前、ブロガーのヒラノ(@gonkichi331 )さんに、引きこもりについてインタビューされたことがあって、その時に話したことがあるんですけどね。

 

不登校と引きこもりを3回経験した方にインタビューしたら予想外のイイ話しが聞けてしまった | メンヒラ

 

自分で大っぴらに話すのは初です。

なかなかに闇深いんで、気を付けて読んでください(笑) 

 

昔から家には犬がいました。

家族全員動物好きだったんですが、家の周りにきた捨て犬を拾ったりしているうちに、どんどん数が増えていきました。

貧乏な家庭だったので不妊治療もせず、一番多い時で30頭ぐらいにはなったのかな。

 

自分の部屋でも子犬の面倒をみてたんですけど、引きこもってて精神状態がかなり悪くて、子犬に八つ当たりしてしまうことが多かったんです。

ちょうど、父が自分にしてきたのと同じような精神的虐待を、子犬に対してやってしまっていました。

 

ある日、目を覚ましたら子犬がみんな居なくなってました。

親がとうとう、数十頭の犬を保健所に連れていったんです。

 

子犬がどうなったか理解した瞬間、罪悪感が津波のように襲ってきて、心が壊れました。

「ろくに散歩にも連れていかず、たっぷり愛情を注いでやらず、ただただ酷い扱いをして、生まれて1年ぐらいで殺してしまった。自分はなんて酷い人間なんだ」

そう思って、心が死にました。

 

「いっそ誰か殺してくれ」って思ってましたね、当時は。

それくらい強烈な罪悪感に襲われてました。

 

それで自傷行為もやっちゃいました。

罰を与えて欲しかったワケです。

 

その出来事から数日間、飲まず食わずで床に這いつくばって、子犬がいた痕跡を眺めては心の中で「ごめんね、ごめんね」と言いながら、泣いたり呆然としたりを繰り返してました。

 

これが、人生で最もどん底に落ちてた時です。

よく生きてたなって、自分で思う。

 

ちなみに両親にはほとんど放置されてました。ほっておくしか出来なかったんだろうけど、「両親は何もしてくれない」という思いしかなかったです。

今までにも両親についてはいろいろあったから、「頼れない・信頼できない」としか思えなかったんですよね。

 

この時の出来事は、思い出したら今でも辛くなる。こうやって文字にしてたら、途中で当時の感情が蘇ってきて鬱になりかけたし。

 

それでもこうやって書いてるのは、この経験が自分の根っこになっているから。

あまり思い出したくない、人に話したくないことだけど、今の自分があるのは、この経験があってこそだから。

そして、こうやってどん底の暗い部分をさらけ出すことで、今辛い思いをしてる人に寄り添えたらなって思ったから。

 

佐賀に引っ越して不登校・引きこもり・ニートになった:廃人編

精神がどん底まで落ちたあと、ちょっとご飯食べたり起き上がったりできるようになったら、今度はネットゲームにハマりだしました。完全に現実逃避です。

この時にはもう、両親と全く会話しなくなってました。声すら発しなかったです。

 

元々ゲーム好きなんだけど、オンラインゲームはこの時が初めて。

ハマりにハマって、寝る時とお風呂入ってる時以外はずっとやってました。

俗に言うネトゲ廃人です(笑)

 

およそ3年間、マジで全く家から出ずに、引きこもってネトゲ廃人やってました。

 

このままずっと引きこもって、どんよりとした一生を送るかと思ってたんですが、なんとその時やってたネトゲで彼女が出来て、それがきっかけで引きこもり生活に終止符が打たれることになりました!

 

詳しくはこちらの記事に書いています。

ネトゲやってたら彼女が出来て、そして別れたら引きこもりから脱出していた話 - かずねっと

 

こうして、23歳で引きこもりから脱出し、アルバイトをやり始めました。

 

引きこもり脱出

コンビニバイトでコミュ障を克服

引きこもりから脱出して最初に始めたのは、コンビニ夜勤のアルバイトです。

履歴書には引きこもってた期間分の空白があったけど働かせてもらえることに。

最終的にはこのコンビニで4年近く夜勤をやってました。

 

 

長年引きこもってたおかげでコミュ障になってしまっていたので、働き始めた当初は四苦八苦してましたw

でもコンビニって意外と常連さんも多くて、向こうから話しかけてくれることが多かったんですよね。

そうやって少しずつお客さんと会話していくうちに、世間話程度であれば誰とでもできるようになりました。

 

その中で面白かった出来事としては、

  • 仲良くなったお客さんとご飯食べに行った
  • 合コンに誘われた
  • 結婚式に招待された

ってのがありますw

この辺の話は別記事で詳しく書いていこうかなと思います。

 

コンビニ夜勤を始めて3年ぐらい経つ頃には、「そのコンビニの夜の顔」として、お客さんにもかなりの好評をいただいてましたw

 

経験者が教える!コンビニ夜勤バイトのメリット・デメリット! - かずねっと

心のどこかに寂しさを抱えている人は接客業に向いている - かずねっと

 

でも、ずっと夜勤で昼夜逆転生活になってたので、だんだん辛くなってきてました。

「人間は夜に活動する生き物じゃないな」って思いが強くなっていったんで、別の仕事を探すことに。

 

コンビニ夜勤をやってる期間は哲学・心理学・自己啓発本を読んでいた

引きこもりを脱出してからも精神的に落ち込むことが多く、「何のために生きてるんだろう?」「就職して仕事に人生を捧げなきゃいけないの?」って悩みがずっとありました。

 

引きこもり時代ははっきり言って「鬱」状態だったと思うんですけど(精神科には行ったことないのでわからない)、夜勤で昼夜逆転の生活を送っていたので、鬱が抜けきれなかったのかなって思います。

 

なので、そんな陰鬱とした状態を和らげようと、いろんな本を読んでました。

ニーチェ、アドラー、仏教、儒教、禅、菜根譚。

この辺りに関係する、前向きになれそうな本をよく読んでましたね。

 

この時得た知識とか考え方は、現在の「考え方・人との接し方」の土台になってます。

 

フルタイムで働くも、世間一般の生き方に違和感を感じ始める

コンビニを辞めてからは派遣登録をして、食品工場でフルタイム勤務を始めました。

コンビニ時代からそうだけど、どんな仕事でもそつなくこなせる方だったので、いい具合に会社に溶け込んで、正社員になる道も見えてきました。

 

高校以来にやり始めたバレーボールの方も充実していて、「ここで社員になって、バレーをやりながら生きてくのもありだな」って思い始めてました。

 

ところがある日、今までよくしてくれてた職場のリーダーが、人が変わったように威圧的な態度で接してくるようになりました。「辞めてくれてかまわん」「ちんたら仕事するな」などと突然言われて、挨拶しても無視されるように。

 

バレーで怪我していつもと違う作業してたことや、その人が「あいつは仕事出来ない」と言ってた人の面倒を見てたのが気に食わなかったんだろうと思います。

 

その当時生きがいであったバレーボールを「『たかが趣味』で怪我して仕事出来なくなるとか、ふざけんな」なんて言われて正直ムッとした。言い争いとか出来ない人間だから、何も言い返せなかったけど。

この時に「仕事中心の生活が、世間一般的な生き方なんだな」って強く意識した。コンビニでバイトしてた時も「早く就職しないとダメだよ」ってお客さんっから言われることが多かったんですよね。

 

どこで働いてても、「好きなことをやる」ということを否定されてきました。

 

でも自分が思っていたのは、

「仕事第一で生きるって、なんかおかしくない?好きなことややりたいことを我慢してまで仕事するって、ただただ無意味に生きてるだけじゃん。心の無いロボットみたいな人生なんて、死んでるのと一緒じゃない??」

ということ。

 

コンビニ、そして食品工場で働いてく中で、こういう意識が日に日に大きくなっていきました。自分が大事にしたい価値観・生き方に気付き始めたんです。

 

自分の価値観と働き方のズレと上司によるストレスで仕事を辞める

「仕事中心の生き方はおかしい」っていう自分の価値観と、実際の働き方のズレ。そして相変わらず態度がおかしい上司により、日に日にストレスが溜まっていき、盛大に体調を崩したのを機に、その会社を辞めました。

 

ここで初めて、「就職しないで生きてく方法」をいろいろ調べました。ブログでお金を稼いで生活している人の存在を知り、「とりあえずやってみるか」とブログを開設しました。

 

就職しないで生きていく!と決意

その後も、生活費のためにバイトをやってたんですが、「やっぱり俺は組織の中で働くの無理だな」って悟りました。

その時やってたバイトの勤務時間の関係で、やりたいこと(バレーボール)が満足に出来なくなったのも大きく影響してます。

 

「生きるために仕事してるだけ」のはずなのに、「仕事するために生きてる(=やりたいことが出来ない)」って絶対おかしい。そう思いました。

そし「就職とかしないで生きていこう」と決意。それが2016年の2月。

 

それからは気持ちが吹っ切れたのか、物凄い勢いで、自分自身も環境も変化していきました。

 

人に会いまくった2016年

「就職なんて無理!価値観が合わない!」となってからは、いろんな人に会いまくりました。主にブログ関係の人。

個人的に会いに行ったり、福岡や広島でオフ会したり、東京にも行ったり。

ここで会った人たちは、ほとんどが就職とかしてない人。

 

日本は「就職するのが当たり前。それが正しい生き方」って価値観の人が大勢いるけど、違う生き方してる人だってたくさんいるし、それでいいんだなって強く思った。

 

家庭環境の異常さに気づいて、家を出る

自分がどう生きたいかはっきりしてきたら、今度は家庭環境の異常さに気づくようになりました。

 

ここまで読んでもらってたら「両親やばくね…?」って感じる部分もあったと思うんですが、金銭的にも問題が多かったんです。

父親がろくに働かないから、電気やガスが止まることが多々ありました。数日、食べ物がなかったりも。自分が中学の頃からそんな感じで、お金に困ることが多かったです。

自分が働きだしてからは、毎月のように「お金貸して」って言われてました。

 

29歳になってようやく「この家はおかしい。離れなきゃダメだ」って気付きました(笑)

そして家を出て、京都に移住しました。

 

なかかずのこれから

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不登校・引きこもりを経験して常識を疑うようになった自分の中には「仕事中心の人生はおかしい」っていう価値観があります。

本当にやりたいことを我慢して、仕事第一で行動するのはおかしい。

自分はそんな生き方したくないし、やろうとしたところで、ストレスによって体がダメになります(経験済み)。

 

なので、なかかずはノマドワーカーを目指します。

パソコンとネット環境だけあったら、どこにいても生活費を稼ぐことができるノマドワーカー。

時間も場所も縛られないので、思い立った時に好きなことを出来る。やりたいことを中心にスケジュール組んでも問題なし。

 

いつでも気が向いた時に、ふらっと旅に出れるような生き方をしたいです。

カメラにハマってるので、いろんな景色を見に行って写真に収めたい。日本だけじゃなく、海外も行きたい。

好きな時に、好きな場所へ、好きなだけ行けるようになりたいのです。

 

あ、今は出張撮影サービスという場所に縛られる仕事もしてますが、これは写真撮影が楽しいから問題ないです(笑)

 

関西地方で写真撮ります!なかかずの出張撮影サービス - かずねっと

 

それともうひとつ。

自分は元不登校・引きこもりってことで、今現在不登校・引きこもりの人に、「こういう生き方もあるんだ」っていうのを示していけたらいいなって思ってます。

ブログをやってるのには、誰かの「道しるべ」になればいいなっていう思いもあるんです。実は(笑)

 

ブロガー・ライター・カメラマンとして活動中

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そんなわけで現在は、ブログ、WEBライター、出張撮影を行って生活費を稼いでいます。

バイトもちょこっとだけやってるんですけどね(笑)

 

WEBライターとして継続して記事を書かせてもらってるメディアがあるんですが、単価が良い具合に上がってきてるのでそれなりに稼げるようになってきました。

まだまだ記事の書き方については、試行錯誤中ですが。

効率よく記事を書けるようになって、収入をさらに増やしたいです。

 

「自分の『好き』で誰かの役に立ちたい」と始めた出張撮影も、ちょこちょこ依頼をいただいてます。

写真を撮って喜んでもらえるのは嬉しいです。

 

今後もこの調子でノマドワーカーを目指していきます!

 

なかかずのSNS・サービス一覧

なかかずに興味を持っていただけたら、フォローしてもらえると嬉しいです!

 

  • Twitter→思ったことをつぶやいたり、好きなこと・気になることをシェアしてます。
  • Instagram→撮った写真をアップしてます。風景多し。
  • 出張撮影→関西地方で出張撮影やってます。人、建物、なんでも撮ります!

 

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